SAKAGUCHI KEN FACTOY,inc. 2-14-10 Misyuku,Setagaya-ku,Tokyo,Japan 154-0005 TEL:03-3424-2304 FAX:03-3424-2341
EYE / GO TO TOP
|||| 001
|||| 002〜004
|||| 005〜006
|||| 007〜008
|||| 009
|||| 010
|||| 011〜012
|||| 013
|||| 014 その1
|||| 014 その2
|||| 014 その3
|||| 015
|||| 016
|||| 017
|||| 018
|||| 019
|||| 020
|||| 021
|||| 022
|||| 023
|||| 024
|||| 025
|||| 026
|||| 027
|||| 028
|||| 029
|||| 030
CLOSE
013◆アナーキー・ライブ1994


  「オ−イ、ケン!最近なにやってるぅ?」って『アナ−キ−』のコンポ−ザ−であり、ギタリストの藤沼伸一(シンchan)からのオファ−で、ライブイベントに出演することにした。『THE BOAT PEOPLE』で「ストリッパ−の一条さゆりユニット×舞士×へたくそ」のコラボレーションに競演・演奏中にライブペインティングをした。.......ただただ、彼らの演奏と、一条さゆりさんの舞踏のステ−ジ後方で、オレの頭ん中に舞い降りてくる、宇宙文字のようなものを、延々と筆を持つ手を武器に、自然に放出させていった。
  同様に『アナ−キ−』のボ−カル『仲野茂BAND』ライブでの舞台ペインティングも依頼され、、、、相変わらず、の、アドリブで、彼らの吐き出すROCKってヤツ!に、、、オレなりの表現方法でぶつかっていった。

  そんな頃。オレが16歳くらいの頃に出会い、ロック!ってヤツを教えてくれた『アナ−キ−』が、なんと、オリジナル・メンバ−5人=仲野茂(Vo.)・藤沼伸一(G.)・逸見泰成(G.)・寺岡信芳(B.)・小林高夫(Ds.)で!!再結成!!LIVEが決定した!!(ある事件で、まさかの、新聞沙汰!、、、、

その後、『アナ−キ−』の名前は封印!され、『THE ROCK BAND』と改名した4人で、活動してたが、その後は、それぞれバラバラで活動していた)、、、、、1994年、再結成で!!LIVEだ!!
  オレがこの仕事を選んだきっかけ!で、あり。スタ−トにもなったアニキ達が、ツ!イ!ニ!再結成!!する!のだ!
なんか、夢みたいな、、、、しかも、、、LIVE VIDEO + LIVE CDもリリ−スすることと、なった。
  もちろん、オレ。そして同世代のロッカ−からは『G.D.FLICKERS』JOEが、スタッフの仕事に手を挙げた。もちろん、彼らの古くからの、スタッフも、えらい張り切りようだ!
  1994年に入ってすぐ、『アナ−キ−』デビュ−からリリ−スしてきた全アルバムが、CD化されることになって、、、(なぜか、、、、不思議だけど、レコ−ド・メ−カ−には、そのジャケット9タイトルが、全部なくて!オレが、持ってるアナログ盤から、複写してCDジャケットを作ったんだけど、ね)。
  「その再CDリリ−スの記念的、打ち上げ花火的ライブじゃ、ねーの。」、、、、なんて業界人のカゲ口も、耳にしたが、『アナ−キ−』のアニキ達が、そんな、クソみてぇーな、ことしねぇーよ。って、オレは思ってたけど。
  シゲルは、「1st.アルバムに入ってた『東京 イズ バ−ニング』は、再発盤CDから、カットされるわ!!『タレント ロボット』にいたっては、、、レコ−ド・メ−カ−にマスタ−・テ−プすら、、、ないっ!てんだって、、、!!フザケルナァーー!!」って怒ってた。
  で、確かに、、デビュ−してから、、15年もたったけどさぁー、、なんで、、音源!なくなってんだよぅ!!!(これは、今でも繰り返されてるけど、、、ホント、ひどい。)
  『タレント ロボット』は芸能界自体を、相当、皮肉った唄だったからなぁーって!!レコ−ド会社も、、なんか、、、、、理由でも、あんだろうって思ってたら、、、
  !!シゲルは、、「メンバ−みんなに意見聞いて、カットされたんなら、されたで、『アナ−キ−』なりのケリをつけなきゃ!よし!もう一度、再結成!!LIVEやって!インディ−ズで『東京 イズ バ−ニング』も『タレント ロボット』もリリ−スしてやるぅ!!フザケルナァーー!!」、、、、、、これでこそ!『アナ−キ−』である!
  会場はもちろん、古巣の新宿ロフトと。渋谷ON AIRの2DAYS!なんと、新宿ロフトのオ−プニング・アクトは『アナ−キ−』のメンバ−とも交流の深い『泉谷シゲル』さんに、決定!した。で、映像スタッフも、『アナ−キ−』のメンバ−の友人たちだ。『安田潤二』。『諸沢利彦』。17歳で高校中退してアナ−キ−のインディ−ズ・ム−ビ−「ノット・サティスファイド」を監督した『太田達也』。サウンド・エンジニアも当時の『山口州治』。
、、、、、、、、、、、ウウウうゥ!!燃えるぜ!
  リハ−サルがスタ−トする。『G.D.FLICKERS』JOEはメンバ−のスタイリングから、トレ−ドマ−クの腕章作りから、会場でファンに売るグッズを作りはじめた。オレはチラシのデザインから、LIVE VIDEO + LIVE CDのジャケット作りに取り掛かる、、、古くからのシゲルたちの友達で、カメラマンのオヤジさんから、、古い頃の『アナ−キ−』の写真を借りた。、、、、、これが、、、また、、!オレの若い頃がリアルに、よみがえってきて、、、何とも、感慨深い、、、。それから、、、、シゲルから国鉄服を借りて、、で、、女の子に着せてみた。ジャケットも、、せっかくインディ−ズで出すんだからって、またまた、オレのいたずら心が!騒ぎ出す!「発売禁止になるくらいのジャケット作ろう!」ッて、印刷屋さんも困っちゃうような、、、ジャケットを入稿した。、、、この写真は、ちょっとした、ギャグ!だけど、ね。
  で。シゲルからは、「オ−イ、サカグチ『タレント ロボット』やってるライブ・テ−プってねーか!?15年振りで、やるから、さー!みんな、覚えてねーんだぁ」
  「あるっ!実は昔に大阪のライブハウスで、ダマテンで録音したやつ!あるよー」って。HaHaHaHaHaHaHa- なんたって、、オレは高校1年から、ずーと『アナ−キ−』の親衛隊!だァ-。LIVE通ってたから、、HaHaHaHaHaHaHa-
  BUCK-TICKの横浜アリーナLIVE『Climax Together』でIMAIに貸してたオレのアップルギタ−・HSアンダ−ソン・カスタム・ヒュ−トンを、もう一度、戻してもらって、、、『アナ−キ−』のギタ−・マリ(逸見泰成)に、どうしても!!ッて思って、、、、ステ−ジで使用してもらうことにした。
  リハ−サルには、ほぼ毎日通っては、古巣の新宿ロフトで再結成!する『アナ−キ−』のアニキ達と呑んだ。いつもより、深く喋った。一瞬に過ぎ去る時代の早さに、ただただ、、驚いた。リハ−サルでみる『アナ−キ−』の5人は、19歳でデビュ−して、、、オレも確かに大人には、なっているもんの、、『アナ−キ−』の楽曲をやるスタジオや、新宿ロフトの、、、空気感は、、、なにも、変わんない。って、言うか。タイム・マシ−ンにお願いを叶えてもらったような、、、、錯覚、、、、いや、、、、情熱が、確かに産んだ、現実なのだ。
  そんくらい、何にも、変わっちゃいない『アナ−キ−』。周りに、ぜってー、振り回されないで、やりたいこと、の道を、ただ真直ぐに歩いてる。ずぅーと、永遠に!!これこそ、が、本物のバンド・マジックなのだ!!
  オレが若くて、おバカな!イチ・ファン!!だった頃。ステ−ジやメンバ−の演奏のジャマになるってことも考えず、、親衛隊!だァ-。って、ステ−ジ前に集中して、、、いや、、、そればかりか、、、ライブ・スタッフの制止も、振り切って『アナ−キ−』のステ−ジ上に駆け上っては、コ−ラス・マイクで叫んだり、踊り狂ってた、、、(ア−、、ホントにバカなお客だわ、、、ト、ホホッ、、、はずかしい、、、、、、、)。今度は、オレも本物のスタッフのひとりだ!!!『アナ−キ−』のステ−ジやメンバ−の演奏のジャマなんかしたら、オレたちが、チカラずくでも!引きずり降ろしてくれるわー!!!って、ことで、、JOEとオレはステ−ジの上手・下手に陣取り、、、ライブ・スタッフのお手伝いを買って出た。

  『東京 イズ バ−ニング』からスタ−トして、25曲くらい、、時代を一気にフルスピ−ドで駆け抜ける『アナ−キ−』15年振りのライブステ−ジは、、、オ−ディエンスも置いていく勢いだった。懐かしんでるヒマすらない、、、、ただ、コブシを挙げて、汗だくになり、『アナ−キ−』の5人と一体になろうと、、、叫んで、跳ね続けていた。
  シゲルは、珍しく、ク−ルに何のMCも入れず、、、!さらに図太くなった声で!どっしりしたポジションでマイクロフォンに向かってる。シンchanは様々なサウンドの冒険から帰ってきて格段に磨きあげたギタ−サウンド!だ。テラオカもコバンも、『THE ROCK BAND』でも見れなかった迫真のプレイだし、、マリ(逸見泰成)なんて、あの頃からワ−プしてきたようにアジテ−トしてくれる。確実に『アナ−キ−』が1994年に、いるっ!のだっ!!!
  これが!『アナ−キ−』だっ!ってくらいで、、、。
5人は、もしかしたら、、ステ−ジ上で、、、もっとも激しい戦闘をしてるが、ごとく、、、ウン戦場!だ!ここは。もう、、止まれない。近年オレが観た、どのライブとも、比べられない、、、ほんとうに!明日のないステ−ジなのだ!!
  アンコ−ルのデビュ−・シングル『ノット サティスファイド』でオ−ディエンスをなぎ倒し!!続く『ジョニ−・B・グッド』で叩き起こした!そして、、、、一転したフィナ−レには『アナ−キ−』としての最後のアルバムになってたアルバム『BEAT UP GENERATION』から、そのラストをかざってたスロ−・ナンバ−『今昔物語』で、その幕を、降ろした。圧倒されながらも、そこに生きたオ−ディエンスは、、、ただ、ただ、、アンコ−ルを繰り返し、、、、、立ちつくした。
  『アナ−キ−』が、、このまま、、、、また、活動していければ、、、なんて思ったりもしたが、、、こればかりは、誰も分かり得ない。、、、、、、『アナ−キ−』の5人しか。分からない、、、、、、
  ひだまりの中で こうしてると
  ふと昔のことを 思い出すんだ
  悪かねぇ けして 悪かねぇ
  
  今も昔も 今も昔も 今も昔も 今も昔も
  頭の中が 走馬灯のように
  ぐるぐる回って 消えていく
  夢を 見てるのさ すべては幻
  今も昔も 今も昔も 今も昔も 今も昔も
  ここで
  腕組みしながら オレたちゃ こうして ここにいる
  今も昔も 今も昔も 今も昔も 今も昔も
  ここで
  どうせオレたちゃ 行き場のねぇ ゴロツキども
  
  で どうなってんだ 世の中
  十年前も 二十年前も
  何も変わりゃしてねえじゃねえか
  今も昔も 今も昔も 今も昔も 今も昔も